アンケート用紙を手に取った。「誰かが後ろから、声をかけたとします。あなたは、後ろ向きになることができますか?。つぎの中から、あてはまる答えを選んでください」。〇をしたのは「できない」の、①番だ。選択肢だから、回答を見つけるのも容易にできる。なのに考え込んだ。回答対象者として、質問が常々に感じている内容であり、衝撃的だった。
2年前の令和3年、信州大学医学部付属病院で頚髄症による、首の固定手術を受ける。ほとんど、寝たきりの生活から抜け出したいと思っていた。しかし、術後は首を動かすことができなくなった。どんな姿勢でも、前を見ているしかない。退院が近づいたときも、今回、含まていた一部の質問に答えた。それは、症状の度合いを聞く設問である。「首や肩、両手に痛み、凝りやしびれはありませんか」と 、尋ねられた。「ある」「ときどきある」「少しある」「全くない」の順で回答例が並ぶ。「少しある」に、〇印をつけた。担当医師は、ここに重視していたと思う。今年の6月20日、夏空が見える行楽日和となった。日中かけて、病院の定期診察を受ける日である。背もたれを自由に調節できる寝台に乗り、遠い親戚のCさんと介護タクシーで、目的地の松本市へ向け自宅を出発する。
中央道・座光寺スマートICから長野道・松本ICまでの、ちょっとしたハイウィエの旅だ。遮音壁やトンネルがあったり、横たわる姿勢だと、車内からまわりの景色はよく見えない。それでも、深緑の季節を満喫する。2時間余りで、病院へ到着。院内へ入れると、通路は人の波が絶えない。都市の繫華街にきたようだ。レントゲン室へ入室すると、やっと現実に戻った。首をメインに頭、胸の一部を含め、真正面と横からのエックス線写真を撮る。つぎは、整形外科、リハビリテーション科の診察室から「〇〇〇番の方、お入りください」と言う、アナウンスを聞く。Cさんに寝台を押してもらい中に入ると、医師の笑顔が見えた。
一呼吸して、手紙を1通渡す。「首や肩の凝りがあり、少しつらいです」。診察室のパソコンで確認しながら、医師はこう話す。「効き目の弱い筋弛緩剤を飲んで、様子を見てください」。症状 の訴えに即時、答えてくれた。毎回、同じセリフを繰り返す。脳性まひ・アテトーゼ型の自分には、眠っているとき以外、どこかの筋肉が緊張している。この現象は、物心がついてから、ずっと友だちみたいなつき合いだ。ひいては、身体を痛めつける結果になってしまう。が、関係者のあいだでは「二次障害」とも言っている。後遺症だけならまだしも、新たな障害の出現は、一生、試練の連続であろう。
まだまだ、率直な質問を浴びた。「睡眠について伺います。夜はぐっすり眠れますか」。回答例は、健康的な順からスタート。「夜中、一度も目が覚めない」「寝てから、一度は目が覚める」「2・3回は目が覚めてしまう」「4・5回、目が覚める」「夜はほとんど休めない」 。自分の答えは、最初から④番目。一般からみれば、寝不足でも慣れてしまった。この設問も、首の手術経験者を対象にしたものなのかは、不明である。「クルマの運転はしていますか」。続けて「〈はい〉と答えたあなたは、バックをするとき、どのようにして後方を確認していますか」。選択肢か、記述での回答を求めていたかは覚えがない。10数年前、自分は確か、バック&サイドミラーを見て、決め手は後ろ向きになっていた。運転していたころを、懐かしく思う。唯一、興味深い質問であった。
いつもより、病院を出る時間が遅くなる。おなかが空いた。長野道・みどり湖パーキングエリアへ立ち寄る。Cさんが言う。「これから注文しますが、醬油ラーメンと鶏のから揚げでいいですか」。迷わず「はい」と、返事をした。介護タクシーの運転手さんも、介助が必要か見守る中、屋外の丸いテーブルでラーメンをすする。とても、おいしかった。
秋の彼岸に入る前日の19日、次回の定期診察が予約された。パソコン遊びと首や肩の凝りを紐づけてしまった点を反省し、筋弛緩剤の効果があったことを、医師に報告したい。「先生、薬はよく効いています。ありがとうございます。国会では、マイナンバーカードの問題が絶えませんね。もはや、トラブルを鎮める特効薬はないんでしょうか?。健康保険証をひも付きにするか、アンケートで国民の声を聞いてみる必要がありそうですね…」。
2023/07/30
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