施設名入りオリジナルテントを張った会場が、中庭にお見えする。「寒いなぁ」。あったかベストにジャンバーも着込んだ。フロアのサッシが開けられて、さあ、外へ出てみる。どんな花見昼食会が始まるのか、ドキドキする。木製の縁側から角度2℃ほどの続きスロープを、電動車いすで降りる。どうにか、コンクリート敷き地面にたどり着き、指定席へ移動完了。施設全体の利用者が勢ぞろいした。
スタッフが言う。「お昼はお弁当なんだけど、使い慣れた食器に移し替えようか?」。海老フライ、卵焼き、焼き魚、き んぴらごぼう、炊き込みご飯、デザートのいちごなどが詰められた会食弁当を、つけ添えの箸とショート利用で使うスプーンを持っていただく。肌寒い天候でも、春風に当たれば食欲を注ぐ。気がつくと、一口サイズに切ってないおかずも残さなかった。一呼吸おいて、自分の周りをキョロキョロすると、ビール缶や日本酒がテーブルに置いてあり、びっくり。そのうちに、手拍子に合わせて春にちなんだ童謡が聞こえてくる。入社間もないスタッフが、歌詞を手話で伝えていた。みんな一体となり、花見昼食会は最高潮に…。
そろそろお開きかなと思ったら、ホームで暮らす90歳代のおばあさんが、こちらに声をかけてきた。「学さんの本を、繰り返し読ませてもらっています。よくぞ、一冊にまとめましたね」。以前、所長さんを介して施設へ贈呈した拙 著「ハンディって…何!?」のことである。半生をつづった内容だが、一人でも好んで読まれているとしたら、大変ありがたい。このおばあさん、しっかりした口調で話し続ける。「自分の思うこと、いっぱい書いてください。つぎの本を楽しみにしています」。なぜか、心の隅っこに隠しおいたものを見られてしまったかと思った。リハビリ目的で始めた、パソコンを使っての日記書き。一部の人に見せているけど、公衆の場ではいまいちだ。本にするにもページが少な過ぎる。ホームのおばあさんからもらった励まし言葉を大切に、これからも日記帳を開き、ペンを持ちたい。
週に一回のお昼、地区のおじさん、おばさんが集まる食事会に、母と顔を出した、近年の思い出がある。家から集会所までの送迎、食事準備、後片づけのほかに、毎回、自前でビール缶の差し入れ、帰りには余り物を持たせてくれた、ボランティアさん。近所づきあいが薄れる中、お年寄りにとってうれしい集いだったと思う。どこにもある、人とのつながりを重視している、そんな施設の取り組みを肌で覚えた。利用者が家族に置き換えられていく、つぎのイベントを心待ちにしたい。
2023/04/08
日曜日の昼下がり、外の自動販売機で買ったミルクコーヒーをトラックボールの横において、パソコンに向かう。飲み物は、施設で用意してくれる緑茶、麦茶のほかに、ペットボトルの麦茶とスポーツドリンク、朝食の友、牛乳これらは家で飲んている。自分の健康を思い、店頭にある栄養ドリンクを一日一回、飲み干していたのは数年前までのこと。使い過ぎから首の筋肉が痛み、また腰痛を楽にしたいと思っての試みだった。振り返れば、気休め程度である。
一方、生きている限りは、できることを増やしたいと考えた。先日、施設の中庭まで電動車いすを操作できたのがきっかけで、少しずつ散歩のコースを伸ばす。コンクリートの道から、敷地内の路上や駐車場を回った。スタッフの心配を横目に「これならいける!」と、自分の胸でささやく。愛車はトヨタのスターレット4WD。20年ほど前までは毎年元旦に、父とドライブに出かけた。山間の国道を走るのが好きで、親子かわりがわりに運転する。あるとき、峠道は雪でアイスバーン状態だった。「一度止まると動かなくなる。気をつけろ」。助手席にいる父からの助言を受ける。ここは、カーブの少ない道路でアクセルのみ、精一杯踏み込んでいた。
お天気情報にアンテナを張ったり、通用するかは分からないが、アスファルト舗装の斜面では止まらずに前進し続ける、電動車いす運転を思いつく。また、車輪がパンクしていないか、簡単なタイヤ確認もしたい。散歩道で、いつも気になる立て看板がある。「犬のフンはお持ち帰りください」。施設の敷地だって、迷惑は当然だ。そして、余計な思いも浮かび一人で苦笑いする。「利用者の汚れ物はお持ち帰りいただきます」…?。
いま歩いているコースを、秋冬の夕刻、母とも一緒に散歩する。自分は一本杖で、汗びっしょりだ。自動販売機に向かい 「学は、飲み物は何がいい?」と母。部屋に備え付けの冷蔵庫に入れて、サイダーを夜2人で飲む。親子で施設を利用した、10年くらい前の「飲み物実話」。あのころ、枯葉がしきりに舞い落ち、親子の冬支度が始まっていた。帰宅後、施設の所長さんが「ボランティアとし、師走の週一度、母をクルマに乗せて、買い物に連れて行ってくれる」と言う。母は、衣類を買ってきたようだ。所長さんの気持ちはこうだ。「私は学君の代わりに、お母さんを連れて行っただけだよ」と…。
もう忘れかけていたものが、介護施設利用でよみがえってくる。それはそれとして、新しい思い出づくりがしたい。関係各位様「引き続き、散歩に出かけるつもりです。よろしくお願いします」飲み物好きな真面目人間より。
2023/04/10
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