3月になったら春めいてきた。高校を皮切りとし、小中学校でも卒業式シーズンの到来である。来月を連想する進学・就職の言葉は、旅立ちにふさわしく、夢や希望があって響きがよい。いままでの生活から抜け出し、新たな道を歩むスタートでもあろう。同じ地区に住みながら近年では会う機会がなかった、小学校時代お世話になった保健室の先生と、介護施設で鉢合わせする。最初、部屋の前にかけられた名札を見た車いすの先生は、出入り口を行ったり来たりしていたが、自分は知らんふりをした。「○○さんが話をしたいと言っていますが…」と、ショート職員の一言。対面したら、ほのぼのとしたお顔の先生がいた。
「障害児は就学免除」の世の中、地元の小学校へ行きたいと切望したら、養護(特別支援)学校担任教師が、普通(通常)校への道を後押ししてくれる。通学と付き添いを引き受けたのは祖父、当時69歳だった。「おじいちゃんは学の脚になる。勉強はがんばるんだぞ」。片道約4キロの主要道路が通学路。子供用座席を取り付けた自転車に乗り、祖父はペタルを踏み込む。家を午前9時に出て通勤ラッシュを避けても、大型ダンプやトラックと何度もすれ違う。祖父の頭から汗の湯気が出ているのは、季節と無関係だった。たった一人の内孫に、すべての力を尽くし切ったのだと思う。
会った場所がたまたまだとしても、よく考えてみた。「母は3年前に他界しました」。独り者になったという意味が、先生を驚かせてしまったけれど、施設利用をしながら生活する様子を、少し分かってもらえただろう。保健室での思い出が、鮮明によみがえた。車いすに座った姿勢から、先生は胸元近くで手を止め「身長がここまでだったかな」と、ジェッチャーを交えながら話しかける。背の高さは覚えがないが、20キロがちょっとオーバーする体重だ。小学3年だと小柄で、筋肉の付き具合チェックを、特別にしてくれた。
村議経験のある祖父は、地区の何でも相談役をしていて、 保健室の先生とも懇意の仲。だから、おじいちゃんと孫、4年間の自転車通学を、先生は忘れてはいないのであろう。自らの希望で、中学・高校は養護学校にて過ごす。年老いていく祖父を、自由にさせたかった。自宅へ戻る日、先生が手を差し伸べてくれたから、自然と握手ができた。話したいことだらけの感情を抑えるかのように、互いに目を合わせた。これで一区切りかなと思ったら、また同じところで、先生とお目にかかれそうだ。しかし、ほかの施設を主体にしたいので、今後、会うチャンスは少ないような気もする。
古いけれど、色あせないメッセージがある。それは、小学校卒業のとき。お祝いにくださった真新しい写真フィルムアルバムの1ページ目、先生の自筆だ。60代前半の身に、いまも重みある言葉だと思う。「学君、長い道頑張って!」。
2023/03/12
来たときは、つぼみが大きくなり、早い枝には花が開き始めていた。それぞれ一本の木に単色で、白・赤・ピンクの花。葉桜になったところへ、再びお花見を楽しませてくれる花桃である。3月下旬「観測史上最も早い…」の文字を躍らせたメディアを象徴するかのように、一気に春めく。それは、桜と同時に春の草花が一斉に咲き乱れるという現象だ。間違いなく、現実にしてしまった私たち。地球温暖化は意識せざるを得ない。
けれども、介護施設の中庭、銘打って「ぽかぽか農園」や周り一帯では花たちと蝶々も加わり、とてもにぎやかだ。紅白の横断幕かと思うほど鮮やかな花桃、地面では白い花びら、オレンジ色をした花弁の水仙、赤・白・紫・黄色のチューリップが、一緒にニコニコ顔で風に揺れていた。花々に包まれて育つ野菜(ニンジン・キャベツなど)は、施設全体の人々にとって「味覚花」となっている。自給を進めようと、施設が頼んだ助け人。農園を耕し水を撒く。もう夏野菜の準備に追われていた。
「笑いたかったら、大いに笑う」。当たり前と言えばそれまででも、なんだか元気づけられる。百人一首なら坊主めくり、ジョーカーを差し入れるトランプゲームのババ抜き。誰もが知っている娯楽で、笑みが絶えない。特製歌集を手にすると、歌声が響く。同じことの繰り返しであっても、またやりたくなる。スタッフも交じってのレクリレーションが、倍の楽しさとなるのだろう。
昔話「花咲き爺さん」は確か「舌切り雀」がタイトルかな。どっちにしても、話の筋は等しいような…?。傍らのスタッフに「確認だけどね」と前置きして尋ねた。日本昔話の絵本を見せてくれたが、前者について(後者は)つながりがあるか、答えは出ないまま。「灰を撒いたら、木々に花が咲いた」。意地悪老夫婦は逆で痛い目になる。良心と欲の違いを、はっきり伝えていると思う。今回、そんな例え話、正の部分が、介護施設へ舞い込んだと勘違いして しまいそうだ。自論だが、生活介護ショートの目玉、木のお風呂に窓側向きで浸かる。中庭で見た花桃の横断幕が、ここでも垂れ下がっていて感慨深かった。花見風呂である。花と野菜、利用者、スタッフとの共演で、あすのお花見昼食は一層盛り上がることだろう。
2023/03/30
|